
「明暗を分ける」と言うと、プラスとマイナス、勝ちと負けを意味するように、自然と「明」には良きイメージが持たれている。確かに、明るさを豊かさと見る風潮はとても強いと思う。しかし本来の日本人は、暗さの中に「美」を見い出していた国民だ。谷崎潤一郎の作品「陰影礼賛」を読むと、日本人の影の中に見る繊細で粋な美意識を知ることが出来る。例えば、黒い漆椀に入る汁物。筍に青菜、豆腐に花形人参など、黒い椀の中でこそ色も形も引き立つ。これが白い洋食器だったら、視覚からの旨味や面白味は無いだろう。螺鈿を施した漆器も暗さと明るさから生じる美だと思う。漆が塗られた黒い器にはめ込まれ妖艶に白く輝く貝は、お互いの相反する光によって美しさが際立っているのではないだろうか?さて間もなく金環日食。月によって隠された太陽の、僅かに見える光の輪。これこそ陰影礼賛。
子供の頃、母のベッドで寝るのが大好きだった。そこには、何とも言えない甘く優しい香りが満ちていた。多分、化粧水やクリーム等の香料が混ざっていたのだろうけれど、しかしこれだなと言う香りは見つからず、明らかに「母の匂い」なのだ。その香りが染み込んだ枕やシーツに顔をうずめれば、どんなにお腹が痛かろうが体がだるかろうが途端に和らぎ、また切なかったり悲しかったり心がもやもやしていても、次第に落ち着き深い眠りに誘われてしまう、そんな不思議な力を持っていた。今でも、目をつむり記憶の小瓶を開けると、頭の中にはふわぁっと柔らかく甘い香りが広がって、そして何故か甘酸っぱい気持ちになってくる。毎日顔を合わせては何だかんだと口答えをしてしまうけれど、この香りを思い出すたび、母の娘である喜びと感謝の気持ちでいっぱいなる。
作家の村上春樹さんは昨年の夏からハワイ大学で客員研究員を務めていて、講演や朗読イベントを行っているのだそう。ハワイにはもう何度も訪れ幾つものエッセイに旅の思い出や出来事を書かれているし、ホノルルマラソンにも出場している。そんなハワイ話を読んでいると、下手なガイド本よりもずっとハワイの空気が感じられ、風景や生活感が伝わってくる。ハワイ島のとあるマーケットにはアボガドの熟し具合をピタリとあてるオバチャンがいるとか、愛用しているシェービングクリーム「ジレット」のトロピカルココナッツは、ワイキキビーチを歩いている気分になるとか、そんな何でもないお話なんだけれども、アボガド買いにハワイへ行きたくなったりココナッツの香りを嗅ぎたくなったりと、読後にオマケのようなワクワク感を与えてくれる。それにしても村上春樹さんの講演や朗読を、ハワイの空の下で短パンとビーチサンダルで聞けたら、なんて贅沢ことだろう。
先日行われた全国学力調査のテスト内容が新聞に掲載されていて、小学生・算数Bの中に調理実習を題材にした問題があった。ご飯を炊きポテトサラダを作るにあたり、必要な時間や白米の量から水の重さを答える内容なのだが、このメニューに誰も違和感を感じなかったのか、私はそれが気になって仕方がない。ご飯とポテトサラダの組合せ。これだけをレストランで注文するだろうか?食卓にこの二品だけの事はあるだろうか?もしかしたらポテトサラダ丼やポテトサラダ握りが好物な人もいるかもしれないが、少なくとも私の周りでは聞かない。また調理実習とは栄養や食事のバランスも学ぶわけで、いくら算数の問題とは言えこのメニューはどうかと思う。しかし、ここでハワイのBentoを思い出した。山型のご飯とポテトサラダは定番だ。ハワイでは私も違和感なく交互に食べていた。この算数問題の背景には、ハワイのBento屋のランチタイムがあったのかもしれない。
Doleが「バナナ自動販売機」を都内に設置していると聞き、果物が何よりも好きな私としては羨ましい気持ちでいっぱい。Doleなら他にパイナップルも…と思うが、丸のままではどうしようもないし、切り分ければ水分が出て入れ物やら何やら手間がかかるしゴミもでる。そこのところ、バナナは本当に良くできた果物ね。また最近、都内の地下鉄の駅では林檎の自動販売機が登場したとか。こちらは青森産の「ふじ」で、皮つき皮なしとあり、8つに切られているのだとか。丸のままでないのは残念だが、皮つきがあるのは嬉しい。最近の健康志向や、より自然なものをとの思いからか、フルーツのジューススタンドも人気だそうで、それならば今後、喉が渇いたらジュースを買うようにフレッシュな果物が求められるようになるかもしれない、なってほしい。フルーツよ、もっと街の中へ、暮らしの中へ。
そろそろコートを洗濯して仕舞おうかなぁと思い、パタパタと叩き、ポケットに手を入れると、ザラッとした感触が指先に触れた。1〜2ミリ程の粒々で、角が尖っていたり丸かったり、表面はツルッとしている。砂ではなさそうだし、お煎餅かピーナッツのカスかしらん?と想像しながらポケットを裏返すと、出てきたのは薄いピンク色の粒。桜貝だ。このコートを来て浜を歩きながら貝殻を拾い、ポケットに入れたままにしてしまい、いつの間にか細かく割れてしまったのだ。確か冬晴れの逗子海岸。小さくなった桜貝をさらさらと風に飛ばしながら、その日の情景などを思い出す。後日、今度は大きめのトートバッグを洗おうとしていたら、どこからともなく砂が落ちてきた。慌てて窓の外ではらうと、底に砂粒が貯まっていた。こちらはこの冬、七里ヶ浜で日向ぼっこしていた時の名残のよう。どちらも、やっと届き始めた春の光の中でつぶやいた、冬の最後の挨拶みたい。
「さっきまでいい波だったよ〜」「今から?もう波、無くなっちゃったよ」。波乗りを終えたサーファーから良く聞く言葉だ。しかし海を見ると、波は今もあるし充分にサーフィンは出来る。とは言え、別に嘘をついている訳でもだましているつもりもない。ただ、自分が海に入っていた時の波が一番良かったと言いたい、思いたい、そんな子供のような気持ちがサーファーにはあるみたいなのだ。以前、サーファーで画家の女性が雑誌に紹介されていて、そこにはあるプロサーファーがハワイの大きな波に乗っている作品もあった。その絵について画家の女性は、「当日はこの絵のとおり、素晴らしい波と素晴らしいライディングだったわ。でも本当はね、実際の波よりも少し大きく描いているの。だってサーファーはその方が喜ぶでしょ」と、いたずらっ子のように笑いながら語っていた。エイプリルフールでなくてもこんな嘘は、良いよね。
おかっぱ頭に真っ赤な口紅、赤と白の水玉模様の洋服、永遠にポップでキュートな印象の画家、草間彌生さん。御歳80を超えても、まだ描いても描いても描き足りないと言うほどの情熱から生まれる作品を見たく、近くで開かれた版画展に出掛けた。さぞパ゜ワーに圧倒されるだろうと思っていたら、意外にも作品からは柔らかな空気が放たれていた。かぼちゃも花も波も金魚も水玉で描かれ、強い色使いであるにも関わらず、くどさや重さを感じさせない。可愛いけれど幼くない。遊びの品格…?そんな言葉が浮かんだ。特にハイヒールが描かれた作品。レッドカーペットを歩くセレブに似合いそうなそのピンヒールの靴は、女も人生も仕事も楽しんでいる自立した女性の姿にも見え、チャーミングの意味を教えてくれているように思えた。今にも歩きだしそうで、いつまでも現役として歩み続ける草間さんからのメッセージにも感じられた。
セーターから出た自分の手の甲の色にショックを受けた。白い…。陽に当たっていない手の色だ。海に入っていない、波乗りをしていない、それをこの白さが表している。そう、この冬は寒さに負けて、殆んどサーフィンをしていないのだ。いつもなら、ウェットスーツから出る手の甲は冬でもうっすらと日焼けして、これが寒くても海に向かう自分のプライドのような、励みのようなものになっていたりする。それがこう白くては、情けないね〜と言う手からの声が聞こえてきそうだ。日焼けと言えば、冬の日本を離れハワイでゴルフ三昧を楽しんだ友人は、左手は白く右手のみ日焼けしている事がちょっと自慢げだった。またスキー好きはゴーグル焼けしている顔を恥ずかしがりながらも、他人から言われると嬉しそうだった。四季のある日本で、冬にどう日焼けしているかは、その人のプライベートや心の有り様が良くわかる。
34万超。この数は政治家の初任給でもなければ、ある街の人口でもない。東日本大震災で、未だ避難生活を強いられている人の数だ。
間も無く1年が経つ。それでもこれだけの人達が暮らし馴れた土地を離れ、不自由な中での生活を余儀無くされているのだ。仮設住宅を
見たことがあるだろうか?私は神戸の大地震の後、仕事で現地を訪れた時の事。ある高台から見下ろすと、何も無い広場に仮設住宅だけ
が、それこそポツンと数棟並んでいた。周りには家も店も何も無い。それを見た瞬間、息が止まるほどの衝撃を受けた。寒風が吹きすさ
び土埃が舞う中に立つその建物からは全く人の存在が感じられず、伝わってくるのは無機質な緊張感だけだった。洗濯物が干してあろうと
三輪車があろうと、私にはどうしてもここに人が住んでいるのが信じがたく、いや信じたくなく、でもこれが事実で現状である事に、ただ
涙が溢れるばかりだった。暮らす「場」と「家」とは温もりが違う事を初めて知った。
どうか34万の人々が、早く穏やかな暮らしに戻れますように。
最近、寝る前に白湯を飲んでいる。白湯=さゆ、だ。それまでは温めた豆乳やほうじ茶を飲んでいたのだが、白湯は胃に優しく冷えにも効くと聞いたので試しに飲んでみると、なんて甘く美味しいものかと心底驚いた。白湯と言っても私は冷まさず少し熱め。それでも舌をかすめ喉を通る温かい湯は、飲むと言うよりも柔らかく流れていくような感触だ。ふ〜と、幸せの溜め息が自然と口をつく。安堵、そんな感じ。そう言えば時代物の小説には、客に白湯を出す場面がある。お茶でないのは、細々と暮らす市井の人々だからかもしれないけれど、火も大切な時代となれば、白湯には人をもてなす温かい庶民の心が含まれていたのではないだろうか?現代に生きる私達は忘れがちだけれど、湯を飲める事はとても豊かなことなのだと思う。
大胆な構図で花を描くアメリカの画家ジョージア・オキーフは、ハワイに滞在していたことがあると聞いた。1938年に「ドール社」から広告の為にパイナップルを描いてほしいと頼まれ、3ヶ月ほど滞在したのだとか。しかし、その数ヵ月の間で南国の花は数多く描いたのに、肝心なパイナップルは描かずに本土に帰ってしまったと言う。その後に諦めきれないドール社から再び頼まれ、結局出来上がった作品はパイナップルの花の小さな蕾で、広告にはならなかったらしい。なぜオキーフはパイナップルの実を描かなかったのだろう?人の感性は様々で、おいしそうとか美しいとか、物のどこを見て感じるかは十人十色だと思う。そう言う私は、パイナップルのシンが大好き。固くて酸味が強く捨てられてしまう部分だが、熟した実のシンは程好く柔らかくさっぱりとした甘さで、食感も味も本体より私には魅力的。もしやオキーフも同じで、でも好きとは言えさすがに細長いシン1本を描く訳にいかなかったのかもしれない。
好きなチョコレートを挙げるなら、迷わず不二家のハートチョコレート。掌にチョコンとのる大きさと言い、程好い厚みのハート型と言い、真ん中がハートの窓になっている真っ赤パッケージと言い、表は至ってラブリーでありながら、中身は男の子も大満足なほどピーナッツがぎっしりと詰まっていて、このハードとソフトの微妙なバランスが魅力なのかもしれない。そしてハート型なだけにどこから食べるか、幼い乙女心は真剣に悩んだものだ。確か自分で買って贈った初めてのバレンタインチョコでもあったと思う。近頃は凝った高級チョコレートが主流となっているけれど、相手が子供の頃によく食べた何でもないチョコレートを贈るのも、心に響くのではないかしら?部活の帰りにいつも買っていたとか、おやつでよく母親が出してくれたとか、そんな懐かしいチョコレート菓子を、さりげ無くリサーチして渡したら、これは舌よりも心をとろけさせるのではないかと思うのだが、男性の皆様、如何でしょうか?
雪の後は波があると良く言われる。先日湘南地域に降った初雪もその例に違わず、翌日から良い波が続き、平日であるにも関わらず、薄日の差す日中に何人もサーフィンを楽しんでいた。江ノ電鎌倉高校前駅から眺めていると綺麗なうねりが何本か続き、黒いウェットスーツを着たサーファーが奥から手前からと気持ち良さそうなリズムで波に乗っている。暫くすると、この風景が楽譜のように思えてきた。数本、等間隔で寄せる波は五線譜。浮かぶサーファーは音符。ショートボードがアクション起こすはスタッカート、ロングボードの緩やかな滑りは2分音符、スタンドアップパドルボードの姿は8分音符と言ったところか。セットの波が入ればあちらもこちらも動き回るアレグロ、落ち着けばアンダンテ…。さて今日の海面楽譜からはどんな曲が流れてくるのか、早春の海へ出かけてみよう。
大寒のこの時期、ラーメンを食べたくなる頻度が増える。最近の麺は硬め傾向にある気がするが、そんな時代の流れに逆らうかの如く、柔らかい麺で人気のラーメン屋がある。大船消防署近くの「天龍」だ。かなり古く、真っ赤な屋根に昭和の香り漂う木造の店内は6席のカウンターのみ。タクシーの運転手さんがよく寄っていたり、前を通るといつも人がカウンターにいるので美味しいのかもと期待して、だいぶ前になるが寒い冬の夜に入ってみた。ドアを開けるなり、厨房でたった一人で麺を茹でる小柄なお母さんが、「ラーメンと餃子だけしか無いから!」と大きな声で叫んだ。大人しく「お願いします…」と返事をしてから、待つこと20分くらいだろうか?出てきたのは濃い茶色の醤油スープの、まさに日本の食堂ラーメン。具はチャーシューとナルトと葱。一口麺をすすると…あまりの柔らかさに驚いた。麺の頼りなさに比べスープの味は濃いめ。インパクトが強いような弱いような、こんなラーメンは天龍以外で食べた事が無い。一度食べたきりあれから10年程経つが 、お母さんのパワーも柔らかい麺も健在で、今はラーメンの種類も増えているのだそう。
地球で最も生物多様性に富むと言われるエクアドルのアマゾン原生林を、国連開発計画の基金によって開発から守られる事になったとの記事を読んだ。開発によって得られる収入の半分(36億ドル)を提供されればエクアドルは開発を放棄すると言い、それに対して日本の企業も含め各国から寄付があり、目標金額を達成出来、当分は守られるようだ。ここにあるヤスニ国立公園には貴重な生物や植物が、何百種類以上も生息しているのだそう。ふと鎌倉鶴岡八幡宮の裏山、御谷の森(おやつのもり)を思い出した。1964年に宅地開発の対象になった時、市民が立ち上がり募金活動によって土地を買取り森を守る事に成功、日本におけるナショナルトラスト活動の発祥の地となった。今も緑豊かな森として残されている。地球上の自然がいつかはお金ではなく、人の愛だけで保護されるようになってほしい。
新年明けましておめでとうございます。
新しい年を迎えると気になるのが、一年の運勢。開運の為の方角やら色やら置き物などがよく紹介されている。風水好きの友人は、手帳は必ずその年のラッキーカラーを選んだり、お財布は金運を高めると言われる黄色にしたりしている。またインテリアでは自分の吉方に水を置くと良いそうで、ひところ癒しアイテムとして流行った水草の水槽を置いていた人もいた。水は動かしていることや定期的に取り替えることが開運に繋がるそうで、とすると、自分の吉方にハワイウォーターのサーバーを置きよく飲んでいたら…、もしや運気が上がるかも?ピュアウォーターに倣って、少しでも皆様の心が潤うようなコラムをお届けしたいと思っておりますので、今年もどうぞ宜しくお願いします。
2011年を振り返ると、様々な事への「見直し」の年かなと感じた。まず自然の力に対しての見直し。いつの頃からか人間は、自然を制御出来ると自惚れていたのではないだろうか?また、自分自身を見つめ直す人も多かったと思う。自分の為でなく誰かの為に力を注ぐ、無償の愛への気付き。家族や故郷への想いも見直された年だ。更に日本人の強さや思い遣りは、国外から見直された。今まで当たり前と思っていた幸せがひっくり返され、新たに幸福とは何かを考え直しもした。さて間もなく2012年がやってきて、それぞれが新しいスタート地点に立つ。そうだ、新年は辰年、立つ年だ。しっかり自分の立ち位置を見つめ、龍の如く空へと昇るような良い年でありますように。
今年も有難うございました。
季節がらか赤色が良く目に入る。ポインセチアや南天などの植物、街中のイルミネーションやクリスマスパーティのドレス、そしてサンタクロースの服だ。数年前に勝負色として話題になった赤だが、何故サンタクロースが身に付けているのだろう。確かに寒い冬に情熱的な赤は心を温め、ロマンチックにし、感動を増す効果は他の色の比ではないと思う。体温を上げる力を持つとも言われるから、サンタクロースは冷え症かもしれない。しかし嘗ては茶色、緑、青、紫、白、黒など他の色の服も着ていたらしい。サンタクロースも流行色を意識していたのか、それとも心情の変化か。ここで色から見える性格を調べてみた。赤は自己主張強いリーダー的存在。青は冷静で従順さを持つ。緑は礼儀正しく道を外さない人。紫は感性に優れ美的を求める。茶色は穏やかで真面目。黒は意思が強く情熱家。白は気高い努力家。さてあなたのもとには何色のサンタクロースがやって来るだろう。黒と茶色のサンタクロースは、悪さをした子供の所に来るのだそうな。Merry Christmas!
Chris ReaのDriving Home For Christmasが好きで、イントロが流れだすと浮かぶ風景がある。明かりが灯り始める夕方、海沿い国道134号線、稲村ヶ崎公園あたりから江ノ島方面へ向かう景色だ。これ迄に数えきれないくらい通り過ぎた道だし、すっかり見馴れた町並みで、何故ここが浮かぶのか自分でも分からない。ただこの曲を耳にすると、そのいつもの風景が突然キラキラと輝き出し、どこまでも続く赤いテールランプを見ながら、そこにはイブの夜に家路に向かう笑顔の自分が居て、曲と共に心のベルが高鳴りだす。大切な家族とイブを過ごせること、愛する人達が居ること、思い出詰まった家がある事、これがどれだけ幸せであるか、家族との絆を強く感じた2011年だから、より胸に響くのかもしれない。
知人のシェフが横須賀猿島沖で赤目河豚を釣り、干物にしたのをお裾分け頂いた。干物と言っても開いているのではなく、細かくさばかれてサキイカを少し大きくしたような感じ。しかし香りはサキイカのツンと鼻をつくのとは違い、まさにあの姿のように丸みのあるフクフクとした潮の香りだ。きっとお天道様に照され、うんと旨味が凝縮していることだろう。早速嬉々として味わうことにする。オーブントースターでサッと炙る程度でと教えて頂いたが、私は電子レンジで数秒温めてみた。もちもちとした身を暫く噛むと、歯と歯の間から程好い塩気と甘さがじわっと滲み出てきた。お、おいしい…。本当に福と感じる味だ。翌日は汁物に入れてみると、身がホクホクとして淡白ながら上品な甘さで、私はこちらの方が好み。どちらにしても旨味が濃いので1回に1,2枚で満足出来てしまう。いや、これも河豚を滅多に食べられない庶民ゆえの満足なのかもしれないが。
辻仁成の小説「今この瞬間を愛しているということ」の中で、イズラエル・カマカヴィボレの名前が出てきて驚いた。舞台はパリ。三ツ星を取る夢に向かうレストランのシェフのジェロームと、そこで働く日本人女性ハナの熱く切ない恋を描いている。料理への情熱に溢れる話しの中程で、異国での孤独と戦うこの日本人女性を励ます音楽が、ハワイアンミュージックの大御所、今は亡きイズラエル・カマカヴィボレなのだ。なぜここでイズ?ハワイアン?コンコルド広場やリュクサンブール公園、オデオン座、サンジェルマン・デ・プレ教会、セーヌ川…そんな風景や美食極めるフランス料理の中で、だ。しかも作者は、激しいロックバンドを組むミュージシャンでもあり、ウクレレやスラッキーギターの緩い空気感と結び付きにくい。だが考えてみると、1日フランス語の飛び交う中で濃厚なクリームソースに包まれていたら、ふと聴きたくなるのはこんなイズラエルの優しく包み込むような暖かい歌声なのかもしれない。国や時間を越えたハワイからの癒しだ。この冬フランスへ行かれる方、ハワイアンの曲もお供に…。
波乗りをする人の中では冬になると、同じ横乗り系スノーボードを楽しみに雪山へ向かう人が多い。その雪山で今、イエティの大規模な捜索が盛んに行われているそう。イエティとは、雪男。この未確認生物を見つけようと、アメリカ、ロシア、中国、カナダ、モンゴルなど世界各国から研究者が集まっては会議を開いたり、雪山を探し廻っているのだとか。大の大人が雪男探し、何だか微笑ましい。確かに生物学や気象学などの視点では大切な研究なのかもしれない。大真面目なのだろう。でも素人の私からすると、子供の頃の肝試しの延長のように感じてしまう。それにしても、人間よりきっと遥か昔からその地で暮らしてきたであろう彼らを「捜索」とは、ちょっと上から目線な気がする。見つけたらどうするのだろう。出来れば、ばったり出会った際にはお互い山男らしく挨拶など交わし、ではまた来年と手を振り別れてほしいものだ。ところで、雪女探しはないのだろうか?
パワースポットが話題になっている。私は場所と言うのではないが、力の源は朝日だろうか。東の空から昇る太陽と向き合って、目を閉じ深く深呼吸をすると、キラキラ輝く光の粒が体の中に染み込んで、弾け、瑞々しい果汁が染み渡るような感覚になってくる。自然と笑顔になる。紫外線とか日焼け防止とか言われても、私にとって太陽から与えられる恩恵は深く大きい。先日仕事で3日間、窓の無い建物の中で1日中過ごす状態が続き悶々としていたが、その後久しぶりに朝日を浴びた時、細胞があっちこっち走り回って活性化し始め、何とも気持ちが良かった。一年を通し日照時間の短い国では、夏場の明るい太陽を一杯浴びようと、かなり大胆な姿で浜辺に寝転がっている映像を見たことがあるが、少し分かるような気がした。さてパワースポット、暮らしをぐるりと見渡すと意外と身近にあるものかもしれない。
辻仁成の「五女夏音」を読んだ。今時の核家族の中で育ち個人主義を好む売れない小説家の主人公が、大家族と共に暮らす夏音と結婚し、その大家族の中で翻弄され流されコキを使われながらも、何とか小説家として作品を作り上げていくまでの波乱万丈の物語だ。プライベートも無く、しきたりの壁の前で自分の意思を心の奥へ押し込む毎日。ここでふと、生粋のハワイアンの男性と結婚した友人を思い出した。旦那様はオアフ島の片田舎で、何代かが同じ敷地内に暮らす大家族。日本の核家族の中で気儘に長年生きてきた彼女には、いつでも誰かが居て気を使い自由のない生活は、例え楽園ハワイであろうと耐えられなかったようで、間もなく離れたと聞いた。そして先日、バリの男性と結婚した若い友人がバリに移住した。こちらも相手の親兄弟の家が同じ敷地でお隣さん。いつかその友人と再開したら、どうか逞しいアジアのお母さんになっていて欲しいものだ。
学園祭の季節。今年は「繋ぐ」や「結ぶ」をテーマにしている学校が多いのではないだろうか?また最近は環境対策もしっかりしていて、中には10種類以上もゴミを分別させたり、模擬店で使うトレイは土の中で生分解したりと、やるべき事を考え行動しているように感じる。私の頃は祭りと付けば面白さ優先だったが、今は地球やら自然やら社会やらと色々考えているなぁ、私の時より大人だなぁと感心してしまう。しかも彼らには、やらされているとか面倒だと言った負のイメージが無く、むしろ楽しんでいるように感じられる。学びと祭りが上手く結びついた「学宴祭」と言えそうだ。この苦しい社会経済の中、楽しみながら生きるコツを一番良く知っているのは、もしかしたら学生達かもしれない。凝り固まった頭を和らげに、久し振りに学園祭へ出掛けてみようか。
ラグビーワールドカップでニュージーランドが世界の頂点となった。その強さの裏側には、ニュージーランド選手が試合前にするハカのリズムにあると、神戸製鋼ラグビー部の平尾誠二監督の話しにあった。普通、戦う意欲を掻き立てるのは2拍子のマーチと言われているそうだが、ハカは3拍子。この3拍子はワルツのリズムで、自主性を表しているのだとか。それがラグビーの試合おいて、選手個人の瞬時の判断力の強さとなり、世界最強チームを生んだのだと書かれていた。ハカと言えば、ハワイなどポリネシアの島々を自然の力だけで渡ったホクレア号を思い出す。各島に着くと、船上と陸でそれぞれのハカを交わす。実は3拍子は喜びを表すリズムでもあるのだそうで、そうするとこちらはそんな歓喜を意味しているのかもしれない。それにしても先のニュージーランド選手とハカだが、あの強靭な肉体の中に優雅なワルツのリズムが流れていると思うと、少し意外な気がする。
子供が海の絵を描くと、なぜそこはパラダイスになるのだろう。海はどこの海より青く濃く、真っ赤な太陽が満面の笑顔で笑いかけていて、砂浜には蟹の親子が散歩をしている。海面からは大きな魚が顔を出したり飛び跳ねたり、沖には鯨が潮を吹きながら漂い、海の中では海亀がスイスイ泳ぎ、それこそ珊瑚が手を振っていたりする。凄い、凄すぎる。子供達が紙を広げている目の前の海には、当然鯨はいないし珊瑚も無い。いや、無いと思っているだけなのだろうか?彼らの目には見えていて、実はそれが真実の海なのだろうか?もしかしたらある年齢になると見えなくなってしまうのか、上手く描こうと言う邪心が芽生えた途端に消えてしまうのかもしれない。子供の純粋な目に映る世界が理想でなく現実であったら、どんなに素晴らしいことだろう。
秋の味覚、秋刀魚。焼き良し、煮て良し、炒め良し、当然生も良し。中華にイタリアンにフレンチにも使われる日本の秋の人気者。伊豆の白浜ではこの季節に、白浜神社への豊漁祈願の秋刀魚祭りが行われ、旅館や料理屋では秋刀魚を甘酢で絞めた押し寿司が並ぶ。この伊豆白浜名物さんまの押し寿司、私のお気に入りは海岸目の前にある白浜観光ドライブインのお持ち帰り用2本入り840円。ドライブインのお弁当と侮ってはいけない。皮はピカピカ、甘酢の効き加減と言い、さんまの絞め具合と言い、脂ののりから酢飯の固さまで完璧なバランスなのだ。一口大に切られた身の上には薄切りの生姜がのり、ピリッとした爽やかな辛さが秋刀魚のコクをより引き立てている。一つ頬張れば、すっきり晴れ渡った秋空が口の中に広がる感じ。地元の人も沢山買いに来ていたし、単なる観光土産では終らない美味しさだと思う。この秋、伊豆白浜まで秋刀魚を求めて出掛けてみては如何でしょう。
理想の上司はどんな人だろう?以前仕事で関わった先輩は、私にはかなり理想に近かった。当時主任だったその人は湘南に住むウィンドサーファーで、一年中真っ黒に日焼けをしており一見ちゃらっと見えるのだが、頭の回転が早くいざと言う時にとても頼りになった。そして何があろうと週末は休んだ。ある歓送迎会の帰り、東海道線に乗り二人で並んで立っていると、「手摺りにつかまらないでバランスを保つのって、ウィンドサーフィンのトレーニングになるんだよ」と、両手を下げて膝で揺れを支えながらその上司はボソッと呟いた。私がウィンドサーフィンを復活させたのをどこかで耳にしたのだろう、さり気無いアドバイスだった。台風が上陸し警報が神奈川県内に出された時には、たとえ電車が動き出しても出勤しない事があった。「警報が発表されていたら外に出ちゃ駄目なんだよ」と、電車を乗り継いでやっと出社した私に電話口でサラッと言った。人生を如何に楽しむか、人間の魅力の一つだと思う。
俳優のブラッド・ピッド&アンジェリーナ・ジョリー夫妻は、南フランスのニース近郊にある邸宅シャトー・ミラヴァルに、英国特殊部隊の元兵士を雇い24時間の警備を行っているそう。周辺に富裕層を狙った強盗がいるからだとのことで、庶民には理解し難い苦労がお金持ちにはあるようだ。私のような庶民の心配事と言えば、サーフィンの時に浜のどこにゴム草履を置いておくかぐらい。夏場は下手な所に置くとどなたかに持っていかれるし、潮の動きを知らずにいるといつの間にか波打ち際に浮いていたり、隠し過ぎれば自分が見付けられない。そんな心配がないのが、裸足で砂浜やアスファルトを歩ける秋だ。灼熱の夏と極寒の冬はやはりゴム草履無くしては辛いが、秋はその必要も無ければ、置場所を考えずにも済む。これも1つの裸足の安堵感。でもきっと、セレブリティには分からない感覚だろうな。
ある日出掛け先で乗ったバスはクーラーが入っていない代わりに、殆どの窓が開けられていた。陽射しは強いものの、風には初秋の爽やかさが感じられるその日、走行中に頭上を流れる風はとても心地好い。最近ではバスも一年中エアコンが入り、窓が開けられている事は珍しい。クーラーやエアコンが苦手でOpenTheWindow推奨派な私、どんな運転手さんか興味があり両替する時にちらりと見ると、左手薬指にハワイアンジュエリーリングをしているではないか。ハワイ好きとくれば、窓開けもエアコン無しも妙に納得してしまう。もしやウィンドサーファーかなと思い、それなら日頃から風を感じたいだろうし気になるだろうとか、やっぱりマウイ島に行くのかなとか、フラを習っていたりしてとか、やや幅の広いシルバーリングに彫られたハワイの花を見ながら勝手に想像し楽しむ。そうしたら降りる時についうっかりと、Mahaloと言いそうになってしまった。
12日は仲秋の名月、十五夜さん。お団子や芒を飾り月見を楽しむ方もいらっしゃるのでは?さてこのお団子について、最近残念な事があった。鎌倉小町通りにある「亀屋」と言う老舗の和菓子屋が、店主の体調不良でお菓子の販売を中止、今はお赤飯のみとなってしまった。ここの串団子のなんと美味しかった事だろう。亀屋で私はみたらし団子の美味しさを知ったのだ。それまでは、白玉の有るのか無いのかはっきりしない味や伸びそうで伸びない食感、和菓子なのに甘じょっぱいタレなどが好きになれずにいた。所がここのは、団子がとろけるようにふんわりと柔らかく仄かに甘く、絡まるプルプルのタレは砂糖と醤油の加減が絶妙で、いつまでも串をしゃぶっていたほど。今は普通のお赤飯と栗入りの2種類が、見過ごしてしまいそうな小さな店舗に並んでいる。12日の十五夜は、黄色い大粒の栗が入ったお赤飯と愛でてみようかな?
建築物ウクレレ化保存計画。造形作家の伊達伸明さんが1999年から始めた活動で、取り壊される住宅や建物の一部を使いウクレレを作り、建物の持ち主に返すと言うもの。それは定食屋であったり教会、会社、アパート、一戸建て、古民家など様々で、持ち主の思い出を感じる部分、例えば落書きのある柱、染みの残る天井、手垢の染みた机など幾つかの部材を組み合わせてウクレレにしているそう。伊達さんがウクレレを選ばれたのは、何より親しみ易かったからだとか。ハワイのウクレレは元々自生していたコアの木から作られたと言うから、慣れ親しんだ建物の中の木を使うのは相応しいのかもしれない。ポロンと弾いたその音は長年そこに居た住人の思い出の音であり、その家が持つ響きなのだろう。このお話を聞いた後、我が家の中を見回してみると、子供の頃に着けた身長の跡が柱にうっすらと残っているのを見つけた。思わずコンコンと叩いたら、その頃の家族の笑い声が聞こえてくるようだった。
「手のひらに 豆腐をのせていそいそと いつもの角を曲がりて帰る」 山崎方代の句だ。今、この情景が浮かぶ人はどれ程いるだろう。近所には、私が子供の頃から変わらず売りに来る豆腐屋さんがいる。夕方になると、「パ〜プ〜」とラッパを鳴らして路地に車を止める。すると当時、母は私に絹ごし豆腐買ってきてと言いつつボールを渡す。この豆腐のお使いは、幼い私を興奮させた。角をすっきりと四角く切られた白い豆腐が、桶の澄んだ水の中で漂っているのは何とも涼しげで、一度あの水の中に手をつけてみたくて仕方がなかった。その桶から、豆腐屋のおじさんがスルリと滑らかに、少しも端が欠けることなく器に入れると、つい安堵のため息を洩らしそうになる。そして今度は、器の中で揺れる一丁の豆腐を崩さないよう大事に抱え帰る夕焼けの道の、なんてドキドキしたことだろう。ところで、この句の豆腐は絹ごしだろうか、木綿だろうか?
怪談話に強い弱いと言うのは、性格のどこに由来するものなのだろう。私は明らかに弱い方だ。ただ霊感は皆無に等しく、お化けを見たとか心霊現象にあったとかは一度も無い。それでも、未だにそういった類いのテレビ番組や心霊写真も絶対に見られないし、怪談話には完全に耳をふさぐ。そんな私に友人がある夏の夜、子供の霊がついていると言った。それも両足に。この瞬間、鳥肌が立ち足先がキーンと冷たくなりこの世の終りを感じた。何?何故?どう言うこと?すがるように聞くと友人は、「その子、膝小僧って名前らしいよ」と上目遣いでニヤリとして答えた。私は恐怖のあまり直ぐには飲み込めず、何だか江戸時代の丁稚奉公みたいな名前だな…なんて呆けながら呟いていた。勿論その後、お祓いをする事も足に支障が起きる事もなく、私の膝小僧は今日も元気に闊歩してくれている。
マウイ島に行った時、Paiaに住む友人がママズフィッシュハウスへ連れて行ってくれた。マウイ島で人気の、オールドハワイアンスタイルを感じさせる海沿いのレストランだ。友人がオーナーと知り合いとの事で、飲み物だけにも関わらず良いお席を案内してくれた。にも関わらず私はビーサンに短パン姿、何となく場違いさに気が引けながらもカクテルを注文。プルメリアが浮かぶ鮮やかな色のグラスを傾け、店内を緩やかに流れる潮風と南国の花に包まれパラダイスに浸っていたのも束の間、勢い良くストローから吸いすぎて気管に入り、思いっきりむせかえってしまった。事もあろうかこんな所でこんな時にコンコンケンケンと咳き込んでいるなんて、しかも無理に止めようとするから涙は出るわ顔は赤くなるわで、情けない姿この上ない。自分の恥ずかしさよりも日本人の恥を晒したようで、「掻き捨て」られないハワイ旅の思い出だ。
中学生の頃に夏休みの美術の宿題で、鯵の開きを描いた。入部していたバレーボール部の顧問の先生が、練習の合間を使って部員一斉に描かせたのだ。モデルは、笊に並べられた3、4枚の鯵のひらき。中学生の目から見て、余りにも地味過ぎる被写体である。生の鯵なら鱗のてかり具合とかヒレの反り加減、頭から尾にかけての微妙な色の変化等、モデルとしての魅力もあれば描きがいもあるってものだが、こちらはほぼ茶系一色のひらき。パレットの上に広がるのも、茶の濃淡と黒と白ぐらいなものだ。窓から見える真夏の青空とのコントラストが、妙に切ない。それにしても、あんなに鯵を真剣に見続けた事は、後にも先にも無い。お陰で開きを見るたびに、練習に打ち込んだ中学生の夏を思い出す。夏休みの宿題は時を経て、心にご褒美として帰ってくるもの。
スーパークールビズでのアロハシャツ解禁、広がり具合は如何なものだろう。そもそもアロハシャツは、素材や柄から自然を感じられるのが魅力な訳で、日頃からそこに親しんでいなければ着こなすのは難しいと思う。海や山、潮風や太陽、植物の色や香りを意識したり、そういうものを感じ取れる場にいる人でないと、どうしたって着せられている感が出てしまうだろう。日常感が自然と解け合って醸し出されるその人らしさ、と言ったところか。タレントでアロハシャツ好きの所ジョージさんは、「アロハの存在感を吸収するくらいの生活の匂いがなければ」と言う。最新のモノに染まる暮らしをしていて似合う訳がない、生活を楽しむ趣味人でないと、きまらないと。とすると、アロハシャツを着こなせる男性が増えると、日本人の生活のあり方や豊かさ、時間の流れまでも変わるだろうか。
24時間戦えますかと言うコマーシャルがあったが、人生はまさに戦いの連続かもしれない。朝は目覚まし時計との一戦、仕事では常に鎧兜の戦闘体勢、3時になればダイエット中の旗が舞う中で甘味と土俵入り、アフター5のちょっと一杯もお財布の中身との駆引きだったり、休日は趣味か家族孝行かの攻防戦、日課と決めたジョギングには「明日から〜明日から〜」と惑わす敵の声があったりと、私達は日常と言うフィールドで、四六時中何かしらと戦って生きている。しかも殆んどが一発勝負のPK戦だったりする。だから、日本代表でもオリンピック選手でなくても、またどんなに些細な事でもいいから、いつもより頑張ったなぁと思ったら、自分で自分を誉めてあげよう。きっとそれが次の「あきらめない」に繋がると思うし、そうやって日常は、楽しく豊かになっていくのだと思う。
部屋の窓から南風が入ってきて、壁に立て掛けていたウクレレがコロンと倒れ、反動でポロ〜ンと言う何とも緩めな音が響いた。一瞬、風鈴の如く涼を感じた。暫く手にしていなかったのでチューニングがずれてしまっていたけれど、それが反ってキリキリとした暑さを和らげてくれたようだ。その後、弾くでもなく弦を爪弾いていると、風にそれまでとは違う爽やかさを感じたりして、ウクレレには体感温度調節効果があるのかもしれない。ではウクレレによる涼感話しをもう1つ。ハワイをこよなく愛し、数えきれないほど訪れている方から、友人がウクレレを頂いた。それは、長年その方が愛用していたコアウッドの貴重なもの。ある満月の真夜中、友人がふと目覚めるとウクレレの音が一瞬響いた。誰が弾くわけでもない。ウクレレはホルダーに固定されている。翌日、その方の訃報が届いたそうな…。
政府が消費税増税計画に本腰を入れ始めると言うニュースを聞き、世界の国々では消費税はどうなっているのだろうと気になりちょって調べてみると、国ごとに消費に対する意識の違いが大きいことを知った。日本は大金持ちが買う宝石だろうと年金暮らしのお年寄りが買う1個のトマトだろうと、かかる税金は一律だ。しかしイギリス、オーストリア、メキシコ等は食品は無税だそうで、他に贅沢品と生活品の税率を分けている国も多い。他国のこう言った設定の方が平等に思うのだが、実際に生活してみると矛盾が生じそうな気もする。例えば、1パック2百円の卵とこだわりの1個3百円の卵ではどうだろう。後者は贅沢品にはならないのだろうか?通勤に使う自転車は生活必需品だとしても、それが1台50万円だとして、ギア無しの1万円の自転車と同じ扱いで良いのだろうか?「税」金がどこから「贅」金になるのか、消費「税」か消費「贅」か、この差は大きい。
早朝の浜辺に行った。その日は風も無く穏やかな海で、優しい音を立てながら波が岸に打ち寄せていた。そこに鳩が5、6羽、遊んでいた。見ていると、波が引くのに合わせチョコチョコと海へ近づいていき、波が寄せてくるとシャカシャカと首を前後に揺らしながら一目散に逃げる。そしてまた波が引くと後を追うように進む。中には、他の鳩より海に近づかないちょっと臆病者がいたり、波を被りそうなギリギリまで動かない強者もいたり、それぞれの性格や好奇心が感じられて面白い。性格の悪い私はひとつ脅かしてみようと、海と夢中になって遊んでいる一羽にそっと近づき、いきなりワッと叫ぶと、まさに豆鉄砲くらったかのようなびっくり顔でぴょんっと跳びはねた。すると周りの鳩も一斉に飛びだし、その勢いで彼らの羽に着いていた海水が水滴となり周辺に舞い、見事に私を濡らした。
今年のお中元は被災地支援にと、東北地方の商品が人気だそう。私の父は岩手盛岡の出身で、故郷の味が恋しいのか家では南部煎餅をよく取り寄せる。なので、私にも小さい頃から慣れ親しんだお菓子だ。今はこの辺りのスーパーや百円ショップにも並んでいるが、本場のものは生地の厚さ、歯応え、噛んだ瞬間に広がる香ばしい香り、胡麻やピーナッツの量など、美味しさがまるで違う。さて食べ方だが、私はまず周りの耳をパキンパキンと折って食べ、本体に入る。これなら味も食感も二重に楽しめる。だからたまに耳の部分が割れてしまっていたりすると、妙に切ない。また、小岩井農場のバターを塗ったりジャムをつけたりしても美味しく、軽いランチにもお薦め。最近では唐辛子入り、味噌味、クーキー生地など種類が色々あるけれど、やはり黒胡麻とピーナッツの定番を味わってほしい。素朴ながら噛むほどに味わい深く、太陽のように丸い南部煎餅。言葉少ない中に含まれる、岩手の人の心の温もりを感じられると思う。
「ハワイダイエット」なる本を見つけた。著者は医学博士であるテリー・新谷氏。「18世紀までハワイ人はスリムだった!ハワイ発、至福のダイエット」と巻頭に書かれていて、かなり興味深い。ハワイアンとスリムとは程遠い印象だが、古代ハワイアンはほっそり優美だったのだとか。しかも食事内容は現代人より多いと言うから、またびっくり。沢山食べても太らないその理由は、精製しない野菜と穀物中心、食べられる部分は全て丸ごと、多くの種類を食べていたからだとか。これで栄養に偏りがなくカロリーも抑えられていたのだそう。レシピは伝統的なハワイ料理の他、メキシコ、タイ、北京、ギリシャ、プエルトリコ、モロッコ、ポルトガル、日本食と様々。ハワイの人気シェフの料理もある。写真は掲載されておらず栄養学の教科書みたいだが、材料からハワイらしい香りや彩りが感じられ、食卓の上の明るさが想像出来る。また、ハワイの言葉に込められた力や意味も説明されていて、ちょこっとハワイ語のお勉強にもなる。ハワイ好きのダイエッターは如何でしょう?因みに私が気になったレシピは、蕎麦。蕎麦汁に生姜、わさび、レモン汁、ニンニクが入っている。
人工のエネルギーを使わずに、蒸し暑さを和らげ心地好く過ごそうと、畳への関心が高まっているのだそう。製作側もサイズを小さくしたり、薄めにしたりロール状にしたりと、今の住居に取り入れ易い工夫をしている。鎌倉の腰越にある野村畳店では、サーファーである3代目が畳のサーフボードを作っている。形や薄さ、カーブにこだわりリアルな仕上がりになっていて、僅かに浮く、そうだ。昼寝にお薦めだとか?更に京都には、ウクレレやギター、タンバリンなど楽器を畳で作っている老舗の畳屋があると聞いた。勿論、音も出るし弾く事も出来る。が、なにぶん素材は畳。重さはかなりのもので、演奏の腕前よりも体が鍛えられそう。こんな「おどけ」や「ユーモア」を通しての伝統工芸の継承には、日本人の粋が同時に感じられるように思う。そのうちハワイのウクレレショップに、畳ウクレレが飾られる日がくるだろうか。
自分の仕事や生き方に自信を無くしたり方向性が見えなくなると、頭に浮かぶ曲がある。1995年に大ヒットしたスキャットマン・ジョンの「I'm Scatman」だ。まるで幾何学模様のような音を、物凄い早口で歌う姿が話題になったが、それ以上に私は、曲の冒頭の「アイム スキャットマ〜ン!」と言う叫びが、自分とは何かを考えさせられる衝撃の言葉となった。「私はスキャットマン」。こんな単純な一言だけれど、もの凄い自信と誇りが込められていると思う。自分は、「私は○○だ」と胸を張って言える生き方をしているだろうか?これが自分だと、心から力強く言えるものを持っているだろうか?スキャットマン・ジョンは吃音と言う困難をスキャットによって克服し、生きる道を得た。それだけに「I'm Scatman」は、彼の人生とプライドを凝縮した一言だと思う。さてあなたは、「I am」の後に何と繋げますか?
波乗りの後、サーフショップのデッキにいると、1人の男性がアルミホイルにくるまれたお結びを出した。開けると、綺麗な三角形に握られ海苔もきちんと巻かれた、丁寧なお結びだった。奥様お手製かと思ったら、自分で作ったと言う。そう言えば最近、お弁当男子が増えていると聞いた。職場に自作弁当を持って行く男性をこう呼ぶのだとか。これは節約と言う金銭的な事情が1番大きいが、中にはかなり懲ったお弁当もあり趣味と化している人も少なくないのだそう。でも蓋を開けたら、彩り、素材、盛り付けなどお弁当として完璧な中身だったら、少し残念かも。私個人としては、男子弁当はあくまで量重視であってほしい。夕べの肉じゃがど〜ん!鮭ごろ〜ん、キャベツもっさり、ご飯がだだ〜ん!汁がしみて急いで詰めたのが分かる位が、男弁当らしいのではないだろうか?女子の勝手な言い分としては、料理は出来る男性が良いけれど、出来るのと上手いのと凝るのでは、かなり違うのよね。
先日スパム缶のコマーシャルを見て、ここまで日本人に浸透してきたかと驚いた。確かにここ数年、輸入専門でないスーパーでも、缶詰めのコーナーに並んでいるのを見掛けるようになった。震災の影響から、日保ちのする缶詰食品の需要の高まりもあるのかもしれない。ところでこのコマーシャルでは、あなたのお好みのどんな料理でも使えます〜みたいな事を、スパム坊や(?)が踊りながらアピールしている。そこで考えた。スパム結びや炒め物以外、活躍の場はどこか。味の濃さや油の多さから言って、蒸し系に合うのではないだろうか?焼売なら、みじん切りの葱とスパムを捏ねるだけで、調味料無しでも美味しく出来そうだ。茶碗蒸しの具には、少々大胆すぎるだろうか?ハーブやナッツ、マスタードと混ぜペーストにしたら、バケットや野菜スティックに合いそう。と、色々考えてはみるけれど、ハワイの空の下で何でもない定番のスパム結びがやっぱり1番美味しいものね。
常磐ハワイアンセンター…。なんて昭和な、なんて平和な響きなんだろう。今はスパリゾートハワイアンズと名前が変わり、最近では映画「フラガール」の舞台としても話題になった。もとは昭和40年頃、石炭離れで苦しむ炭鉱の町 福島県いわき市で開業した温泉レジャー施設。町の女の子達をフラの踊り手として育成したショーが人気となり、地元の危機を救ったのだ。ただ私が「フラガール」の本を読んだところ、このダンサー達は町を救う大きなプレッシャーを背負う女の子と言うよりも、純粋に常夏の島ハワイや華やかな衣装、リズミカルな音楽と踊りに憧れひたすらレッスンに励む、そんな青春物語に感じられた。いつの時代でも、都会であろうと地方であろうと、女の子が夢みる事は変わらない。それが日常から遠ければ遠いほど輝き、憧れが大きければ大きいほど熱くなるのだ。その懸命な心が大人を動かし故郷を復興へと導いたのだと思う。そして今、福島から元気を興そうとダンサーチーム・ハワイアンズの全国巡業を考えているのだそう。因みに45年前のキ ャッチフレーズは、「千円持ってハワイへ行こう」。
東北の被災地が、ハワイを含む多くの国、多くの人によって支えられ復興に向けて進んでいる中、スマトラ沖地震やニュージーランド地震の際にも現地活動したアメリカの救援部隊が言うには、大型の冷蔵庫や洗濯機、電子機器類、車、家具、金庫等々、日本人家庭の物の多さに各国の救援部隊は驚いていると言う。それを聞いてふと自室を見回し、そしてバリに行った時に見た一般家庭の部屋と比べた。家の作りや強度以前に、我が部屋のなんと私的危険度が高いことよ。このままでは、私は長年愛してきた「物達」にハグされるように埋もれるだろう。大型化する生活用品や増え続ける物、その中で高まる防災意識…。経済大国の矛盾を感じた。大体、私が用意した防災カバンの中身自体が欲の塊のようで、担いだ途端にその重さできっとつまずいてしまうだろう。
東北関東大震災で被災された方々に、お見舞い申し上げます。 今回の大地震から、これまで如何に電気が無駄に使われていたのか、必要の無い電気がどれ程多かったのか、目の当たりにしたように思う。そしてそれらが1つ、また1つと消えるたびにホッとするのは私だけだろうか?駅もお店も暗い。寒い。でも今はそんな街の中に居ても、心は暗くはならない。むしろ、ホッと明るい気持ちになる。被災地の人達が、少しでも早く温かい部屋で落ち着いて過ごせる日がくる為なら、お安いご用だ。私達が使う電気類のスイッチOffが、被災地復興のスイッチOnにきっと繋がりますように…。
気候変動や世界情勢の影響で、小麦の価格が高騰しそうだ。ハワイは大丈夫だろうか?心配なのはパンケーキだ。小麦粉を使う食べ物はハワイにも色々あるけれど、最初にパンケーキが浮かんでしまうのは強い憧れを持っているから。子供の頃、我が家の休日はホットケーキを朝食によく食べていた。パンケーキではない。大きく分厚い、まさに日本のホットケーキ。蜂蜜をたっぷりとかけて食べるのが大好きだった私に、ある日ハワイ帰りの友達がハワイのパンケーキの美味しさを話してくれた。写真には、着飾ったスノーマンのパレードみたいな一皿が写っていた。ホイップクリームが雪山の如く盛られ、艶やか赤紫色のブルーベリーソースが溶岩のように流れ、大皿いっぱいに広がる数枚のパンケーキ、そしてプリメリアの花が1つ。憧れない女子が居ようか?その思いを胸にハワイに行くと、ローカルが薦めてくれたマウイの老舗のパンケーキ屋は全て閉店になっていた。時代の波に乗れなかったのだろうか。未だに思いは高く高く募るばかり。
近所の通りに信号機が設置された。渡っても5、6歩程の小さな道路だ。なので、最初に見た時は何故こんな所にと言う驚きと、最近の交通量の増加に気が付いた。お年寄りや子供が安全に歩く為には、確かに必要なのかもしれない。でも信号機が作られる度に、苦く重い気持ちになるのはどうしてだろう。小さな町に押し寄せる車社会への不満と、譲り合いの心を機械によって消されかねない不安…。少しの狂いもなく頭上から支持する3色の光は、人の心の中を無機質なものにするように思えてならない。交通法で言えば間違っているのだろうけれど、チラッと手を上げると両方向の車がゆっくりと止まってくれ、渡る人はそれぞれの運転手に会釈をする、そんな光景は温かいものではないだろうか。
ハワイ島ヒロに暮らすニック加藤さんは、ヒロの街に信号機が出来たらここを出ると語っていた。
携帯電話のお陰で電話ボックスを探さなくてもよくはなったが、電話をかけると居場所を問われる機会も増えた。受話器から聞こえる周りの音があまりに話の内容にそぐわなかったり、非日常的な風景音だったりすると、思わず「今どちらで…?」と尋ねたくなる。私はサーフィンをして約束の時間に遅れそうになった時、浜辺から仕事先へ電話をかけたら波音が聞こえたようで、気まずい思いをしたことがある。そんな背景音で困らない為の、また言い訳を正当化させる為の効果音付き電話ボックスが、サンパウロのバーに設置されたのだそう。「空港」や「渋滞中」など正統的(?)な居場所のボタンがあり、押すとそれを現す音が出るのだとか。要は、言い訳お助け音響マシンだ。このサンパウロのバーでは、妻に内緒でお酒を飲んで帰る夫向けだが、もしこれが湘南の海岸沿いに普及したら、平日に海へ来る会社員サーファーはかなり増えるのではないだろうか?
エジプトのムバラク大統領辞任は、一般市民の力の集結による結果だと言われている。国民が一致団結すれば、一国の長も動かせると世界に伝えられた、歴史に残る出来事なのだろう。始まりは小さくても、毛糸玉を作るように少しずつ輪を大きくしていけば、それは強固な塊となる。そう考えた時、波と結び付いた。遥か沖合いに吹いた弱風がウネリを生み、それが徐々にサイズとパワーを増し大波となり、行くべき方向へ進み、何処かの海岸で割れる。その波は平等であり、不公平はない。大統領だろうと首相だろうと、天才だろうとなんだろうと、パドルをしなければ乗れないし、波をくらう時はくらう。お偉いさんだからと言って、そこだけ急にメローになるわけではない。そんな公平な世界だからこそ、皆が頑張れるのだと思う。ところで、日本の政界からFun Waveが届く日は、来るのだろうか?


