2026-08-20
夏休みだから
ガラスのコップにミルクティー、蜂蜜、ミント、氷を入れかき混ぜようとしたところ、手元にストローやスプーンなど何も無い。お箸だってフォークだって何だって良いと思ったが、出すのも洗うのも面倒で、つい人差し指と中指を突っ込んで混ぜてしまった。しかしそこは大人として気が咎めるところもあり、表面に浮かぶ氷を動かす程度にしつつも、「ま、夏休みだから…」のひと言で自分を許した。そう言えば、子供の頃、夏休み中は普段より家での制約やお小言が緩む事があった。お行儀がちょっと悪くても、好きなだけカルピスを飲んでも、夕食までずっと外で遊んで帰ってきても、あまり怒られず、それはきっと夏休みだから母も甘くなっていたのだと思う。これくらいは夏休みならまぁいいかぁ〜と…。
この日、ミルクティーに触れた指先のひんやりとした感覚が、一瞬だけ私を10歳頃の夏に戻してくれた。
2026-08-14
0→1
予定と用事の間のほんの1時間ほど、サーフィンをした。最初は時間がないから入るつもりではなかったのだが、チラッと海を見に行くと、その日は私が楽しめそうなユルメなヒザナミ。暫し迷ったものの、やはり急いで着替えに戻り、自転車飛ばして再び海へ。1時間弱で3〜4本楽しく波に乗れた。時間がないからと諦めなくて、良かった。どんな事でもそうだけれど、「しなかった」=「0」か、「した」=「1」の違いはかなり大きい。しなければ「0」ままで終わるが、すれば「1」以上の何かを得られる。行動したことで「0」が「1」になる。小さいようで、実はとても大きな違いなのだよなぁ。
↓海から上がった直後、見つけた貝殻。

2026-08-06
読書の喜びを
作家、東野圭吾さんの訃報が入る数日前、偶然「歪笑小説」を読み終えたばかりだった。これまで「ナミヤ雑貨店の奇跡」「流星の絆」「クスノキの番人」など数冊、著者の中ではミステリー色の薄めな作品を読んでいたが、この「歪笑小説」は更に薄くした、東野作品ではやや異色なものかもしれない。出版業界を舞台に、出版社や小説家をパロディ化したようなブラックユーモア満載、それを人情味で和らげ、ひとひねりふたひねりしつつ最後はピタリとパズルのピースが合う、まさに東野ワールド。またもや「やられたぁ〜」と声を上げてしまった。
活字離れと言われるけれど、その「活字」の如く、文字を追いながら心がイキイキとしてくる事もある。地震や紛争などの被災地へ、本や絵本を送る活動があると聞く。熊本の地が、読書を出来る環境に少しでも早くなってほしいと願う。